ちょっと遅れましたが、今年一発目の投稿です。
さて新年早々、いろいろなことが起こっていますね(^^;
新型コロナウィルスによる医療崩壊危機、大寒波による異常な積雪、波乱の大統領選挙などなど。
今年も慌ただしくなりそうです。
昨年は、何かと価値観を強制的に壊されることが多かったと思いますが、みなさんはどうでしたか?
今年はそれ以上に、価値観を壊されることになりそうですよ。
現にもうすぐ、長く隠されていた真実が明るみになると思います。
それによって、世界のバランスやシステムは大きく変わることになりそうです。
それが良くなるのか厳しくなるのかは判りませんが、覚悟はしておきましょう。
この変化で、大きく観直さなければならないこともあると思います。
ですが今までの価値観で見直すことは、ある意味自分自身を苦しめる可能性が高くなります。
今、苦しい人はそれを教えられていると思った方がいいですよ。
ぼくたちはどんな状況でも、自分を変えることで苦しみから解放できます。
そうすれば、この世の中がそんなに悪いものではないことを感じるはずです。
そして、その方向へ進むために起こっていることだということを理解できれば、見直すのではなく観直すようになります。
ずっと書いてきているように、いつでも必要なのは「大元への帰還」です。
帰還すれば、人生の意味を深く知ることになるでしょう。
それでは2021年も、どうぞよろしくお願い致します(^^
今年はほぼ新型コロナウィルスの影響で、いままでの生活を変えざる負えなかった人も多かったと思います。
みなさんが築き上げた価値観や常識が、通用しなくなってしまった場面も多かったのではないでしょうか?
スピリチュアル業界や占星術業界では、「土の時代」から「風の時代」へ移行するための変動とも言われていますが、ぼくにはそこのところはよく判りません。
数年前からずっとその兆候はありましたから、「こう来たか!」とウィルスが来たことは予想外でしたが、多くの人の意識を揺さぶることが起こるのは予測していたので、「やっぱりね」という感じです。
その他ではまだ気づいていない人も多い、今後の世界の進む方向の争いが裏側で起こっているということですね。
かなり表には出てきているのですが、それを知ったときの衝撃はかなりショックだと思います。
ずっと信用・信頼していたものに、裏切られることをされていたなんて思いもよらないですからね。
世界的な歪みが表に出てきていますが、その歪みは結局自分たちが望んできたものが形作られたものです。
どっちが良い悪いというよりも、どっちにも二面性がありどっちにも問題があります。
ただ、「総合的にどっちのほうがマシか」と問われているに過ぎません。
そこを観れるようにならないと、どっちに転んでもゆくゆくは不満が出てきます。
その不満に巻き込まれないようにするためには、やはりすべての二面性を超えることが必要です。
まあ、そのためにいろいろ起こってるんですけどね。
ずっと書いてきているように流れはそっちに進んでいるんで、いままでの価値観にしがみついていると大変さからなかなか抜け出せないということになりかねませんよ。
もうそろそろ、何か感じるものがないですか?
2021年はまだまだ落ち着けない人も多いと思いますが、それは自分自身が貯め込んだ歪み(業)を解消するためですので、そこんところをよく観直してみてください。
それで今年のぼく自身も、今までの生き方のパターンをしようとすると邪魔が入るというか、そうさせない働きが起こるというか、違った生き方に進ませようとされているみたいです。
どんな生き方がいいのかまだ見つけていないためか、今までよりも割かしのんびりとした1年になってしまいました。
ただ「こう進んだ方がいいんだろうな」というのは何となく感じているので、来年はその生き方へと進んでいくかもしれません。
ということで、今年もブログを読んでいただいてありがとうございました。
来年はいい知らせができるといいです。
今後ともどうぞよろしくお願い致しますね。
それではみなさん、良いお年をお迎えください(^^
いついつに二極化が起こると言われながら、ずるずると日にちが伸びているようですけど‥‥‥
いろいろな人がいろいろなことを言っていますが、何を指しているのかはハッキリとしていません。
ですが、ほとんどは「良い方と悪い方に分かれるから、上手く良い方に行くようしましょう」としています。
確かに変動の激しい世の中になって振り回されやすいので、早く良い方へ行きたいという想いは判ります。
しかし「良い方」というその多くが、自分の欲を増強させる内容であり、ずっとそれが続くという夢と希望に満ち溢れたものになっています。
これらがぼくの感じる二極化とちょっと違うので、個人的な見解で書いていこうと思います。
今の時代の流れで二分(にぶん)されるのが表に出てきているのは、何となく気づいている人もいるんじゃないでしょうか?
新型コロナウィルスによるマスクやロックダウンなどの肯定否定、大阪都構想の賛成反対、アメリカ大統領選挙のトランプ派バイデン派など、大きく二分することも珍しくはありません。
もっと多く大なり小なりの二分が出ているとは思いますが、これらの二分は良い方悪い方という分け方よりも、価値観の違いによるものでしかありません。
つまり価値観の違いが対照的に現れやすくなるのだと思います。
では対照的になるとどうなるかですが、可能性としては片方に突っ走ってしまうこと。
そして突っ走ったままではなく、そこから急展開が起こりやすくなること。
価値観の違いによって希望から絶望へ、落胆から有頂天へ、歓喜から悲哀へ、あきらめから望みへなど振れ幅が極端になります。
この価値観の違いによる影響が自分に大きく出やすく、対照的な状態をどっちも味わいやすくなることを「二極化」といっているような気がします。
しかし自分に大きく影響が出るからと言って、二極化の目的は一般的な願望を叶えやすくするためとかではないと思います。
価値観によって自分を取り巻く現象が変わることや、願望がどういうものかなどを知るためではないかと。
そういったことなどを気づかせるために、起こっている流れなんじゃないですかね。
それに気づけば、どのような価値観なら世の中の変動に大きく巻き込まれず、淡々粛々としていられるのかが判ってくると思います。
それを望むかどうかは各自の自由ですので強制はしませんが、そういう流れになっている気がしますので、注意深く観てみてくださいね(^^
すごい人気ですね~!
ぼくはまだ見ていませんけど(^^;
原作が新連載したとき、ネットでは才能があると一部で話題になっておりました。
気になって読んでみた感想は‥‥
「ありきたりだな~」
でした(笑)
その後は読んでいなかったのですが、「アニメの作画がすごい!」と再び話題になったので、しばらくしてから視聴してみたら‥‥
「これはヤバイ!」
でした(驚)
そこから原作を読んでみたんですが、アニメのイメージで修正されたせいか、とても面白く感じました。
それで「煉獄杏寿郎」が活躍する「無限列車」のところも読みましたが、「マジか!」とショックを受けたのを憶えています。
まだ知らない人もいるようなので詳しくは書きませんが、煉獄さんの名言に「心を燃やせ」というのがあります。
挫けそうなとき自分自身を奮い立たせるための合言葉のようなものです。
かつて似たような言葉に「コスモ(小宇宙)を燃やせ」というのがありました。
これは聖闘士星矢の言葉で、自分の中にあるパワー(可能性)を爆発させるための合言葉だと思います。
ぼくもこんな合言葉を持っていて、それが「自分を信じろ」です。
本当に挫けそうになったり、追い詰められたりしたとき、自分の内なる想い(感覚)に素直になったことで、幾度となく乗り越えてきました。
鬼滅の刃が社会現象になっている理由はいろいろあると思いますが、そのひとつに現代社会での理不尽さ、矛盾、そして自分自身を投影したもののように感じたからだと思います。
この世界の中では、どうしようもないと思えるようなことが沢山あります。
本当は主人公やその上に立つ人のように、それに立ち向かい試練を乗り越えたり他人に優しくあれる立派な自分で居たいのに、実際にはあきらめたり逃げたり臆病だったり、もしくは鬼のように欲の誘惑に負けてしまうり弱い自分のほうが近いと感じる人もいるでしょう。
きっと心の奥ではどうしたいかうずいているんだと思います。
それが刺激されて、気づいていてもいなくても立派でありたいと夢中になっているんじゃないでしょうかね。
それは特に、今がこういう時だからかもしれません。
まあ、聖人君子にまでなるのは大変ですが、ときには自分を奮い立たせてみてください。
何か乗り越えるべきものがあると思いますよ。
そのためにも自分の合言葉を持っているといいかもしれませんね(^^
しかし世界的に見れば、まだまだ気を許すと痛い目に遭う確率は高い状況です。
それで、最近気になるのは「マスク」をつけない事で、周囲とのトラブルとなることです。
先日もそれがキッカケで飛行機から降ろされた人が、何人かいました。
それについて、いろんな議論がかわされましたが、なかなか結論には結びつかないようです。
まずマスクをつける人は、自分以外に迷惑かけないためや自分が感染しないため、または周囲の同調圧力に合わせるためなどです。
マスクをつけない人は、病気のためやつけることでの不調が発生するため、または自分の自由選択の権利を主張するためなどです。
この飛行機のトラブルで一番の問題は、お互いの勘違いにあると思います。
乗る側は、「決められていないなら守らなくてもOK」という勘違いです。
規約にあること以外は守らなくてもいいのではなく、「最低限は規約を守ってください」「規約以外でも必要ならば従ってください」ということです。
昔からある「お客様は神様」と似ています。
勘違いして、お金を払えば何をやってもいいと思っている人たちがいます。
いくらお金を払っても、周囲に迷惑を掛ける人は追い出されたり、警察に通報されたりしますよね。
今回降ろされた人は、マスクをつけれない理由を後で述べていますが、規約を盾に抵抗していました。
この人たちがするべきことは、規約以外に該当する指示に正当な理由を伝えることだと思います。
正当な理由についても後に述べていましたが、それについては最後のほうで書きます。
次に乗せる側は「こちらに正当性があれば、どんな指示を出してもいい」という勘違いです。
そのため「規約以外の対処法」が不十分になってしまいました。
馴れやおごりによって「準備」や「応用」が弱くなってしまったように思います。
これは昔からある「お医者様の言うことは絶対」と似ています。
どんなに変な診断で訴えても、自分の言うことに間違いないという過信による勘違いです。
それで、よく誤診や医療ミスによるトラブルや悪い噂がされたりしますよね。
乗せる側の人はいろいろ対応したようですが、手数が少なかったようです。
するべきことは、相手の正当な理由を引き出す技術とそれに対する配慮が必要だったと思います。
と、ここまでは表面的な見方をした場合です。
どちらも自分たちの正当性を主張していますが、本質は別にあります。
乗る側は、病気や不調を他の乗客に公表したくなかったと言っていました。
それが真実だとしても、真実でなくても「コソッ」と伝えればいいだけの話です。
メモに書いてもいいし、ハンカチやティッシュなどで口を押えて小声でCAさんにだけ伝わるようにすればよかったはずです。
またマスク着用が求められている風潮の中で、つけなければ要求されるのも想像できたはずです。
つまり公表したくなかったのではなく、自分に対する否定への防御です。
それが咄嗟に出た防御か、最初から防御するためだったかは判りませんが、自己否定される恐れに抵抗した結果です。
そして乗せる側も、自己否定される恐れに抵抗した結果です。
この場合は自社否定ですかね。
マスク着用を規約にしなかったこともそうですが、マスクをつけない人への対応が悪いと言われたくないことが優先してしまい、自社を守ろうとする判断や行動につながってしまったようです。
またCAさんなどの個人も、会社からの自己否定を恐れたために抵抗した可能性があります。
会社の中には無理難題を平気で押し付けて、それの対応に理不尽な評価をつけるところもありますからね。
いずれにせよ、特に関係した人は自分を観つめることを促されたと思います。
今は、そういうことが起こりやすいので別に不思議ではありません。
自分の正当性や権利を過度に主張する時は、自分を守ろうとする働きが強く出ている時です。
やるべきは、恐れから自分を守ろうとするのではなく、自分を否定している自分に気づき知ることです。
実際には、トラブル回避のため現場での対処は大変だったと思いますが、それらの中に本質が隠れています。
そちらにも心を向けてくださいね(^^